Web版 「飛びある記」
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中野 義徳   

 
    3Dに過大な期待は?という話。

 もう20年以上も前だが、東京ディズニーランドでマイケル・ジャクソンの「スリラー」を観た。当時評判となった立体映像のハシリで、評判は評判を呼んで待ち時間3時間近くの末やっと観ることが出来た。初めて観る立体映像に驚き、目の前に飛び出してくる画像に、いっ時バーチャル世界に遊んだ。それから10年以上経過した12、3年前、今度はニューヨークでの仕事の合い間に、マンハッタンのソニービルで最新3Dという、こちらは世界の観光案内というデモンストレーション画像が無料で見られた。飛び出して来る映像はごく自然でかつ鮮明で、かなりの技術的進歩の跡は伺えた。だが本格的3D商業映画の出現には、それからまだ時間がかかった。昨年あたりからようやく、アニメなど3D映画が公開されるようになった。そして今回、本格3DのSF作品「アバター」が、鳴り物入りでの登場と相成った。この映画は、これまで世界の興行収入NO1のヒット作「タイタニック」と同じ監督により、「タイタニック」が1年以上掛けて稼いだ額を、早くも僅か1ヶ月そこそこで軽く抜き去ったという大ヒットとなった。日本でも公開されてから好調で、連日長蛇の列である。先日、平日の昼下がりなら空いているだろうと出向いたら、100人以上の老若男女が切符を求めて並んでいた。仕方なく出直してインターネットで切符を求めてようやく入れたのであった。昭和20年代後半、同じここ有楽町で今は暗渠となっている数寄屋橋の周りを、これも今はないピカデリー劇場で当時封切られた「明日では遅すぎる」という伊・青春映画を観ようと、若者たちがトグロを巻いたという、今では伝説的光景が思い出された。3D化の動きは、映画だけでなくテレビでも進捗していて、すでに英国ロンドンではサッカーの試合中継を初めて三次元立体映像で放送して好評だったという。日本の大手電機メーカーでも、今年あたりから3D用受像機の販売を始めるという。
 映画の世界では、低迷気味の観客動員の救世主だといわんばかりで、世界初のトーキー映画が公開されたのが昭和2年、それ以来の「映画革命」だと喧伝している。その象徴的作品ともいえる「アバター」を観終わった感想としては、いかにもハリウッド映画らしい大金大作の映画で、それだけの金をつぎ込めばこのくらいの面白さは当然といったところでそれ以外の何物でもない。立体画像に対する初期の頃の新鮮な驚きは得られなかったし、第一、3時間座る苦痛の方が大きく疲れた。トイレで中座して最後は後ろの立ち見で観た。若い人は兎も角、決して年寄り向きではない。マア一言でいえば「アバターもエクボ」といったところか。
 なお、未だに煩わしい特殊眼鏡が必要であるのが解せないが、今、ある大学では眼鏡の不必要な3D方式の研究・開発が進められているそうである。


 「河」と「川」はどう違うのだろうか。表意文字である漢字の本家の中国では「河」とは「黄河」のことをいい、別に「江」は「揚子江」を指す。「川」は両岸を水が流れる様子を表す象形文字で、水の意を持つ「サンズイ」を左に、右側に曲がりくねった様の「可」や、大きい・貫く意を示す「エ」を置く字体などに照らしてみると、「川」より「河」や「江」の方がより大きいイメージを持つことになる。中国の人からみると日本の川は溝のようなもので、大きな川の代表である「信濃川」や「利根川」も、対岸も見えないような「黄河」とは規模が違う。「隅田川」などはチョロチョロ流れる小川にもならない。それでは隅田川を材題の大和楽の名曲『河』は、どんなイメージで付けられた名称か、大きなゆったりした川を頭に描いてつけられたのであろうが、案外、河のほうが字体が一見座りがいいだけだったのかも知れない。
 暮も迫った年末近く、花柳寿楽(三代目)が見事な大和楽『河』を舞台で表現した(12月23日・神ア美乃舞の会、国立小劇場)。この日、ゲストとして出演した寿楽は出過ぎず、さりとて引っ込まずごく自然体で、ゆったりとたゆとう如く踊った。いや、踊ったというよりはむしろ、人間の身体で表現するとこうなるというような説得力のある動きであった。備わった品格と風格は、歌舞伎座での二世家元追善の会での歌舞伎の松島屋との素踊り『連獅子』や、五耀会での際立った存在感で実証済みの延長線上にこの『河』があると見られる。その寿楽の今後には目が離せない。


 私ごとで恐縮だが、私は9才のとき1ヶ月のうちに、実母とすぐ上の3つ違いの兄を病気で亡くしている。そのころ村の氏神様の境内で遊んでいたら、突然年上の子に「お前はここの鳥居はくぐってはダメだ」といわれて、そのことが何を意味するかも分からず、ただ悲しさが二重になった思いがしたことを覚えている。
 年末近くなると、知人から「喪中」の挨拶状が届くようになる。今や「喪に服す」とはこのことだけを言うように形骸化したが、喪に服すとは自身だけのことばかりでなく、「他者」との関係において成り立っているのである。「ムラ」のなかの他者に余計な心を煩わせないようにとの「ムラ」の優しい規律なのである。昔は、ムラの年長者が、下のものに口移しで伝えていたことが冒頭の私の体験であったと今は冷静に受け止めることができる。新年の、あるおめでたいパーティに、つい何日か前に肉親の不幸があったはずなのにそこに出席して、大らかに屈託なく談笑している人の姿をみていて何か気持ちが悪くなった。この人は「喪に服す」ことの意味を、誰からも教わってこなかったのであろうと思うしかなかった。